研究科長からのメッセージ

大学院教育の役割とは何か

大学院の教育・研究現場においても、生成AIは盛んに使われるようになりました。膨大な先行研究の要約からコードの生成まで、AIはかつて数日を要した作業を数秒で完結させます。私自身、その能力には本当に驚かされます。「はたして大学院教育の役割とは何か」ということまで考えさせられます。しかし、この圧倒的な効率化の影で、私たちはある重要な真実を忘れがちです。それは、「情報はコピーできても、経験はコピーできない」ということです。情報を真の「知性」へと変えるには何が必要なのでしょうか。

情報はコピーできても、経験はコピーできない

そのヒントとなるのは、理論物理学者のリチャード・ファインマンが没後、カルテクの自身のオフィスの黒板に書き残していた有名な言葉“What I cannot create, I do not understand”です。AIに答えを書かせることは、誰かが作った完成品を眺めているのと同じです。ファインマンの考えでは、そのプロセスを自分の手でゼロから再構築できない限り、それは分かっているとは言えません。

また、同じ黒板に“Know how to solve every problem that has been solved”とも書き残していました。他人が、あるいはAIが解決した問題であっても、あえて自分の手を動かして解き直すことを試みる。その遠回りや失敗の中にこそ、コピー不可能な経験が宿るのです。


再構築や対話を通じて経験が知性を育む

生成AIとの対話においても、この再構築の意識が欠かせません。AIの回答をそのままコピペするのではなく、なぜその結論に至ったのかを問い質し、条件を変えて実験し、自分の論理で組み立て直す。この泥臭い対話のプロセスこそが、研究者としての「経験」そのものです。

効率の波に飲み込まれ、ショートカットを繰り返せば、いつか「自分の頭で問いを立てる力」という、研究者、ひいては人間にとって最も貴重な財産や楽しみを失うことになるでしょう。AIという強力な能力を手に入れつつも、自分の足で一歩一歩大地を歩く感覚を忘れないこと。コピーできない経験を積み重ねた先にしか、真に新しい知の地平は見えてこないのです。これは、大学院という豊富な時間や環境の中でしかなかなか行うことができないでしょう。また、まわりの学生や教員との対話もきわめて大切です。分かることから得られる知的な興奮や好奇心の拡がりは、まさに人間にしかできないですからね。


本研究科の特徴

本研究科は、データ科学、計算科学、情報セキュリティ、健康医療科学の4つの分野とそれらの融合的な研究分野において、国内外で優れた研究成果をあげている研究者が研究と教育を行っています。また、情報科学キャンパスに隣接する理化学研究所スーパーコンピュータ「富岳」などの計算資源を大学院生が利用しやすい、公立大学ではきわめて稀な環境にあります。

近年、「情報科学」や「データサイエンス」の冠の付いた大学院は急増していますが、これらの人的資源と環境は本研究科の大きな特徴といえるでしょう。詳しくは研究科のホームページやパンフレットをご覧ください。多くの入学希望者や共同研究の推進を期待しています。

情報科学研究科長
藤原 義久